2012年5月場所(新十両)
7勝8敗
政風 基嗣(まさかぜ もとつぐ、1983年4月28日生まれ )は、長崎県長崎市出身で尾車部屋所属の現役大相撲力士。
本名は北園基嗣(きたぞの もとつぐ)。
身長183cm、体重183kg。得意技は右四つ、寄り。最高位は東十両12枚目(2012年5月場所)
東12枚目で7勝8敗。苦労の末、来場所も十両に残りました。 後半は頑張りましたね!最初5連敗のあと、2連勝そして2連敗その後5連勝で、千秋楽を迎え、惜しくも破れました。
政風さんと初めて出会ったのは、彼が中学3年の、岩手県西根町で行われた全日本中学相撲大会ですから、随分昔のことになりました。 思えば、わんぱく相撲全国大会でも名前は記憶がありました。高校2、3年のインターハイでは団体優勝しています。 東洋大学の1年の時も国技館で団体優勝ですから、彼にとっては3年連続団体優勝ということになります。 国技館で団体優勝決定したとき、東洋大学相撲部の当時OB会長だった「植木等さん」が顔をくしゃくしゃにして大喜びされたのを覚えています。 その夜、上野の「東天紅」で大祝賀会が催され、私も出席しました。緊急の宴でしたが、200人ほどが出席していました。 これからも益々の活躍をして頂きたいと思います。
長崎市立小ヶ倉小学校4年次に相撲を始め、わんぱく相撲全国大会で活躍しました。
長崎市立小ヶ倉中学校、長崎県立諫早農業高等学校でも相撲を続けて全国大会にも出場しています。
若圭将(本名・下田)は、高校の同級生でした。
高校卒業後は、東洋大学法学部企業法学科へ進学し、相撲部に入りました。
1年次に全国学生相撲選手権大会で団体優勝、3年次には全日本相撲選手権大会でベスト8に入りました。
大学卒業後は尾車部屋に入門し、2006年3月場所で初土俵を踏みました。
前相撲では池原らに破れ2連敗発進でありましたが、その後2連勝とし2番出世となりました。
同期生には、大関琴奨菊、関脇豊の島、幕内松鳳山、境澤らがいて、明大中野から慶応大学・大学院卒の黒岩公輔も同級生です。
入門後は大負けすることはなく出世してきたましが、2008年8月場所では、当時の自己最高位となる西幕下16枚目で7戦全敗するなど、幕下上位から中位でしばらく苦労することになりました。
その後2011年7月場所から現在にかけて、幕下上位の十両昇進が見える地位にしばらく定着していました。
東幕下筆頭で迎えた2012年3月場所11日目に、物言いがつく相撲でありましたが德勝龍を破って勝ち越しを決め、翌5月場所での新十両昇進も決めました。
新十両昇進と同時に、それまで本名のままとなっていた四股名を政風と改めました。
2012年4月29日14時より、新宿区のホテル「ハイアット・リージェンシー東京」にて盛大に開催されました。
司会は「女の爪あと」で有名な「清水弘」でユーモラスに始まり、長崎県東京事務所長や東京中小企業家同友会栗田副代表理事・足立区の副議長も出席され、大関琴奨菊、関脇豊ノ島に加え、明大中野から慶応大学・大学院卒の黒岩公輔も出席し、花を添えました。
バックの演奏は立教大学のジャズオーケストラ「ニュー・シンギン・ハード」が、政風の母校である東洋大学校歌をサービスする等、大盛況でした。
出席者20人と政風関の鉄砲柱(故・田子の浦親方愛用の柱)の押し比べは、政風関の圧倒的な勝利に終わり、鉄砲柱は尾車部屋に寄贈する事になりました。
メインイベントは、ジャパンオークションセンター黒岩会長の化粧回し贈呈でした。
総金に銀の絹に赤黒のマークをモチーフにした鮮やかさが光りました。
尚、乾杯の前に集合写真が撮影され、お酒に弱い私には大変助かりました。報知スポーツの記者も取材に来られ、翌日朝刊の記事となりました。
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